あごひげを間違えて剃った
その人気たるやある熱狂的なファンが同人誌を作るにまでなっているようですよ。
そして彼女は今年の3月終わりに忽然とネットから姿を消しました。
ダイビングライセンス取得
「趣味を聞かれる→ダイビングです→結婚」フラグ来たね。
2日かけてとりにいったんだけども初日はきっついきっつい。まず装備が重い。まず重り、英語でウェイト。これが約5キロ。タンクとBCは怖くて重さを聞けなかった。海水はもう一生分くらいいただいたと思う。海水おいしかったです^^
そういえば海洋深層水ってどこの水なんだろ。いくらなんでも海水だったら飲めないし。かといって海洋って名乗っているくせに実は山から流れ出てきた雪解け水なんだよってなると詐欺だし。六甲のおいしい水。
さて初日だけど、まずは退屈なビデオを2時間硬い椅子に座って大鑑賞。後でテストやるのできちんとみてないと大変なことに。まぁ退屈でした。隣になぜか座った猫を眺めることに終始。その後装備の点検確認方法や着方などをおしえてもらう。
さぁ装備をつけて海まで歩いて移動。暑い日差しと重い装備が容赦なくもやしの体力を奪う!
海に入って最初はバディ同士協力してフィン(足ひれ)をつける練習。初日は割りと波が強くて流されたりして大変だった。BC(タンクを固定するジャケット、タンクか口からの空気で膨らむ浮き袋でもある)は膨らませてあるので沈みはしないけど頭が水に。潮臭ぇぜわっしょい!
足ひれをつけてさぁもぐるぞ(当然泳ぐ練習とかもしたけど面白くないので割愛)・・・となるわけだけど、俺は実は耳抜きが非常にしづらい人間だったらしく50cm潜行したらすでに耳が痛くなる。でも耳は抜けない。これでちょっとパニック。今はだいぶなれたけど、それでも最初の潜行はかなり時間をかけてもぐらないといけない。まぁ体質なんでどうにもならないので諦める。
最初に言ったように初日のダイビングは辛い。練習が面白くないのはおそらくどんなスポーツも同じなんだと思うけど。初日は練習いっぱい。しかも水中での呼吸や動作に慣れていないのに。
まずダイビング中呼吸するためのレギュレータが外れたら一大事。そのまま長時間何も対策しないともちろん死にます。なので外れたらどうするかを訓練。二種類あって、まず体を右に傾け、腕を回してチューブを引っ掛けて取る方法。こっちは難なく出来た。ただもうひとつの方法、タンクとチューブのつながっているところからたどって探す方法は機種によって場所が変わりめんどくさい。俺も探せず危うく溺れかけた。このとき初めて溺れる恐怖を知った。空気が無い、息が出来ない、チューブが見つからない。正直パニックだったと思う。溺死だけはしたくないと思った。書いてる今思い出しても本気で怖い。
ダイビングをやっているとマスク(目と鼻を覆うゴーグル)は良く外れるらしく、外れると当たり前だけど海水で目が痛い。人間は鼻から息を吸う動物なのでなれないうちは鼻からも水が入る。
まぁそういう事態に備えてやる練習だったんだけど、まず半分ほどマスクに水を入れて中の海水を抜く練習。簡単にやり方を言うと、マスクの上(でこあたりかな?)を手で押さえて少し上を向いて鼻から息を出す。まぁ半分ならそんなに怖くも無いし楽勝だったかな。
第二段階。マスクに全部水を入れる。これは少しきつかった。何せ目が痛い。視界も水中だとぼやける。でもまぁ慌てず騒がず上に書いたようなやり方をやればOK。
最終段階にして二日目につながるのがマスクをはずして海水中でもう一度つける。これが怖い。息が出来ると気づくのにかなりかかった。気づいたら後は痛みに慣れれば大丈夫。俺はパニックだったけど。
あとはレギュレータに備えてある予備の呼吸器を使って酸素が切れたバディへの助けと浮上方法を学んだ。
初日はこんなものだったかな?まぁパニックの連続だった。このとき俺は帰りたいと本気で願った。結局かなわなかったけど。かなわなくて良かった。ただ後でインストラクターさんに聞いたところ「落ち着いてた」とのこと。リップサービスかどうかは分からなかったけど、一応自分の体質である「パニック、びっくりしたときは動作がとまる」というのを伝えた。このせいで俺は他人から驚かない人、パニックに陥らない人と思われてるけど、そんなことなかったぜ!
俺のウェットスーツやその他装備品は洗ってすべて13番のカゴにぶち込む。これで明日何もなければ俺はこれからダイビングで事故にあうことはない。
その後は楽しい食事。正直フィリピンの民宿みたいなところで出てくる料理はあまりおいしくない。食べ物目的ではあまり来ないほうがいいかも。おいしいものもあるけど。そしてラブラドールにご飯をせびられる。彼(彼女?)は人間のご飯時に食堂にのっそりと現れては人々のすぐそばまでよってじっとご飯を見つめる。大型犬特有の憂いを帯びた瞳で。危うくすべての俺の餌を差し出すところだったぜ!そして食事終了後のっそりと奥に引っ込む。策士。
満腹感と疲れから8時ごろにはすでに就寝。そして3時ごろ起床。時計確認直後に就寝。6時ごろ起床。そして気づいたら8時。朝食を食べ損ねる。
2日目は前日と打って変わって割りと穏やか目な波だった。お陰でフィンも付けやすい。
まずはシュノーケルを使った素もぐり。これが耳抜きが苦手な俺には辛い。一気に5メートルくらい潜るんだけど耳の痛みで楽しむどころじゃない。ついでにヘビー副流煙スモーカーなので息も続かない。嘘です。でも息が続かないのは嘘じゃないです。海水おいしいです。あとウエットスーツは浮力があるのでもぐるはなかなか難しい。まぁ素もぐりは二度としないと思う。耳抜きが出来るようになるまで。
陸に上がったら装備を着て最後の練習にチャレンジ。ひとつは水中でのゲロの吐き方、本当は何らかの理由でレギュレータから空気がドバドバ送られてくるときの対処法を学ぶ。まぁ楽勝だけどやり方の説明は難しいんで割愛。インストラクターさんが分かりやすく教えてくれるよ。
次は空気が切れたときどのように感じるか体験。ゆっくりとタンクからの空気の供給を止めどのように感じるかをテスト。いろいろ学んだ俺に初日のようなパニックは無い。息が切れたときのハンドシグナルの練習をして、その応用として酸素が切れたときの浮上方法を学ぶ。この辺も楽勝。
メインイベントはマスクをはずしての水泳。マスクをはずしインストラクターさんが少し遠くにもって行きそれをとりに行く。意外なほど落ち着いて出来た。やはり初日の俺とは違う。
嫌だった練習も終わり、後は18メートルあたりまでの楽しいダイビングの時間。ふぐやクマノミ、ヒトデ等などの海洋生物やサンゴはきれいだった。これのために今まで懸命に練習したので喜びもひとしお。
総合すると楽しいよりは辛かった。最後のでだいぶ救われたけど。また行きたいと思う。
きついので今日は洋ゲーニュースは無し。オヤスミ!
業務連絡
明日フィリピンで地震があるそうです
いんちき占い師のジュセリーノ氏がフィリピンでの地震を予言したそうで。ぶっちゃけはた迷惑極まりない。マジで本国に早めに帰った中国人がいたりもします。私の場合は彼もしくは彼女を「馬鹿だなぁ」と思ってしまったりしますが、最近巨大地震が来たせいでかなり敏感になってるとか。日本でもいっぱいあってるんだけど生活に密着しすぎてるかな?
これでもし明日何も無ければ日本や中国であるのでしょうか?無ければ騒乱罪みたいなものでしょっぴいてもらえると助かります。実際に来たら本当にI Was Aliveになることは間違いありません。
あと地震の話題がクラスで出たとき、実際に「Tsunami」で通じたのは風に戸惑うほど驚きました。
預言を実行せよ。
そういえば今月4日あたりでSerial Experiments Lainが10周年を迎えました。実は当日いろいろ用意していたのですが技術不足により断念。特に昔夜な夜なPS版Lainの配信を見ていた人にはある意味たまらない演出をする予定でした。未定でした。
何とか形にしたいとは思っていますがなかなか難しいです。
スティルアラーイスティルアラーイブ
TNBT
短冊に願いを書いて笹にかざると。やはり某スレは変態配信者ならびに喪ーシャンナンバーズ、一般視聴者に至るまでの多くの住人がろくでも無いお願い事をしているのでしょうか。幼女と結婚したいとか気の強い女を殴りながらファックしたいとか。
さて本日は織姫(琴座・ベガ)と彦星(わし座・アルタイル)の二つの星が一年ぶりにひとつの星に見えるようになる夜空の一大スペクタクルが繰り広げられるわけですが、残念ながらフィリピンは今日も曇り。ついでに昨夜地震発生。せっかく気分良く眠っていたのに叩き起こされました。そして近くのスタバに避難。何とかことなきを得たのでした。
ちなみに見ていた夢は銃で撃たれる夢。最近この手の夢をやけに見るんだけど大丈夫なのだろうか。夢を日記につけるのは不味いって聞いたことがあるけど俺はオカルトの類はものっすごい信じてるからちょっと書いてみるか。
まぁ夢を見る機会なんてなかなか無いからまだ銃で撃たれる夢は2回のみ。でもどっちもやたらと頭に残ってる。
まず第一の夢。俺はなぜか二人の仲間と電車がたくさんおいてある場所(RSVegasの電車のステージ見たいな感じ)で重要な人物を逃がすか追うかしていた。手際よく任務をやり遂げとりあえず終了。と、次の瞬間また同じ場面から同じ夢の2週目がスタート。なぜかゲームだと思い込んでいる俺は「次は最短クリア?を目指すぜ」と思いながら行動開始。
今度はさらに速く首尾よくやり仰せたと思った次の瞬間、上空にヘリの姿が!完全武装した軍隊が降下してきた!俺は瞬時に危険を察知し電車の下へと転がり込む!仲間二人の安否は心配だが今はこの状況をどうにかしなければ!
敵の軍隊だと思われる人間達の靴を眺めながらこれからどうするかを思案する俺。だが妙案は搾り出せず時間は過ぎるのみ。彼らはどうやら自分を探しているようだ。
そして夢は唐突に終わる。彼らに発見されライフルの銃口がこちらに向いた。ドン!という音がしたかどうかは分からないが弾丸はちょうど頭をぶち抜いたようで、体の力が抜けて動けなくなる。しかしなぜか視界だけは生きていてなんか「ボーっと撃たれても案外痛くないものだ」とかのんきに考えていた。
しかし彼らはまだ息があるかどうかを確かめるためか足に向けて銃を放つ。これももちろん痛くなかったけど、なんとなくスースーするような感じがしたのだけはたしか。
二つ目は・・・昨日見たばかりなのに思い出せなくなった。肩を撃たれて個人病院みたいなところで手当てを受けたことだけは覚えてる。キリスト教系の病院だったような気がする。医者はやたらガタイのいいひげのおじさんでどう見ても日本人ではなく白人だった。こっちは死んでない。でも起きた時なぜか撃たれたところと同じところに痛みというか違和感があったのは覚えてる。
明日からついに最後のフィリピンでの学校生活になります。NZ行きまで後約25日。いい加減用意を始めないと。
とりあえず世界平和を祈っとく。明日あたりに世界が平和になったら俺の願いを天が聞き入れたってことでみんな俺に感謝してもいいよ。
人事は尽くした。後は天命を待つだけよ。
覚えてる範囲では麻酔をかけられて昏睡などは無かったような。必殺仕事人のように内臓をえぐられたのならわからないけども。
ただ最近昼寝てることが多かったから臓器商人が俺の可愛いモツ達が連れ去られているかも・・・。
>>名無しさん
七夕脳です。ご理解ください。
長いお暇をいただきました
振り替えの方は初日が2クラスのうちの1つのクラスが自分ひとりで先生とマンツーマンでレッスン。中国人勢は先週帰ったとの事。海外に出てくるような有識(?)中国人は案外常識人だったように思います。最後のお別れで私は「謝々、再見。」と挨拶しておきました。もちろん出所はらんま1/2です。漫画もたまには役に立つね。
今日はそのクラスではベトナムから来た男性とたった二人で授業を受けました。本来は抜けた中国人以外に私含めて三人いたのですが、前に書いた13歳のマドンナは休みでした。挨拶できなかったのでとりあえず彼女の携帯番号を知っているベトナム人男性によろしくいってくれるように頼んでおきました。通じたかどうかは分からないけど。
え?クラスの男性人三人の中で唯一の未婚は俺だけ!?二人とも俺より若い感じだったのに!?
みんな何歳だったんだろ。他のクラスでも兵役がどうとか勤め先がどうとかエンジニアがどうとか話してるし案外二十歳前とかで海外に勉強に出るのは珍しいのかも。
さて長いお暇ですが、来月7日までの休みで実質10日程度になっています。その間におそらく一度セブ島(だったかな?)にバケーションにいきます。可能であればダイビングライセンスを取得する予定です。後は明日からもう一度歯医者。なんか冷たいものがやたら歯にしみるようになったので詰め物の状態を調べてもらおうと思います。
ちょっとだけ自慢。うれしいことに女性教諭から髪型を褒められました。残念ながら顔は褒められていません。彼女が言うにはフィリピンではスポーティな髪型が好まれるそうです。無駄に長いと暑苦しいもんね。
海外旅行豆知識
・大手企業の社員だということを誇りに思うのは危険です。あなたのその自信はおそらく崩れ去ります。海外旅行時に高級ホテルなどに泊まるとその危険性は加速度的にあがります。トイレに注意。分からないときは人に聞くのも勇気です。
・飛行機に乗ると昼食等が出されることがありますが、すべて旅券の料金に入っていますのでご安心を。間違ってもHow much?等と聞かぬように。あなたはきっと笑われてしまいます。
シック
この国では処方箋もらったら普通のドラッグストアに行って薬を買うのだと分かりました。
無駄に体が丈夫なんで風邪とかここ数年ひいてないぜ
この前医者に酒控えるように言われたがなイヤッホーイ
おたふく風邪にすらかかったことが無いから今からガクブルよ。
あと数ヶ月でお酒を飲んでも怒られない年になるよ。フィリピンは18からOKなんだけども。
ご奉仕したにゃん。
朝早く起こされて血圧の低い(上が90くらい)私は朝からグロッキー状態。俗に言うレイプ目で風呂に入ったりご飯を食べたりして子供達との戦いに備えました。
「なるべく汚い格好」というなかなか難しい注文を出されましたが顔が汚いのでまさに顔パス。いくら着飾っても顔がアレならという理由で。まぁ他のボランティアの人もたいして汚い格好などしてなかったので安心。
集合場所で他のボランティアの日本人の方とご挨拶。日本語で他人と会話できるのがこんなにも素晴らしいことなんだと思いました。
車で約1時間。スラムというに相応しい場所に着きました。途中とても大きな道をひた走り、その道にこれまた巨大なキリスト教の教会が立っていたことを覚えています。
スラムはジャンクショップが立ち並び、ゴミ山がそびえ立っていました。きっとこのゴミ山からジャンクを拾って生計を立てているのでしょう。もちろん着いてすぐは臭くて辛かったですが、ものの数分でなれました。人間の可能性を思い知らされました。
学校に到着すると子供達はすでに到着していました。フィリピンの義務教育(小学校までだったかな?)は日本と同様でほぼ無料で受けられるそうですが、その日は「それすら受けられない」子供が集まっていたそうです。普段はおそらく上記のジャンクを拾ったりして働いているので教育が受けられないのでしょう。
集まった子供はほとんどが10歳以下に見えました。こんな子供が教育を受ける時間も惜しんで働いているかと考えると自分がいかに恵まれていたかが何となく分かります。
最初は折り紙を教えました。作ったのはカエルと紙飛行機。バンバン進める子供もいればついていけない子供もいて、その辺はどの国も変わらないのでしょう。
ちなみに僕は教えるたちばであったはずですが、ほとんど付いていけない側の人間に成り果てていました。Origami is very difficult for me!
もちろん教えたりもしましたが、子供はタガログ語と少しの英語しか分からないらしく苦労しました。僕も英語が出来ないのでお互い様でしたが。
次は剣玉。やり方を教えるはずでしたが、ことごとく失敗。まぁなんとなく理解してくれたようでよかったです。すごい上手な子供が数名。
なんと剣玉は中学生や大人の人にも受けていました。本来参加していなかったはずの子供達のお母さん数名やおそらく先生、ついでに手伝いに来てくれた現地のボランティアの方も熱心に遊んでいました。成功すれば抱き合って大喜び。私も懸命にやりましたが得たものは激しい筋肉痛だけでした。
すごいぞ剣玉!次のWiiかDSのソフトは腕を鍛える大人の剣玉トレーニングで決まりだ!(Nintendoさんゲーム化して売れたら僕にもなんかください。)
他に駒、だるま落とし、竹とんぼ、紙風船、トントン相撲、ヨーヨーを持っていったようで、こちらも大変好評でした。
私は子供に付き合って紙風船を懸命にしましたがやはり得たものは筋肉痛でした。
午前中に低学年の子供と1時間半、午後に高学年の子供と1時間半、合計3時間のハードワークでした。
お昼ごはんは現地のものは食あたりを起こす可能性があるということで薦められませんでしたが、魚の煮付けを1匹いただきました。胃腸の弱い私でしたが現在何も起こってないところを見ると、意外に普通のものを食べていることが分かりました。味は少し薄かったもののおいしかったです。ちなみに子供はほとんど「ご飯が食べられるから」という理由できているそうです。
その子供達のご飯の量のすごいことすごいこと。僕の2食、いや3食分くらいのご飯を平気で平らげていました。それもすごいスピードで。おかずは上の魚の煮つけで。
ちなみに現地の人にいなり寿司をあげたところ、あまり好評でなかったようで神妙な面持ちで食べていました。NATTOを持っていけば大変なことになっていたでしょう。
さまざまな子供と遊びましたが、名前を覚えてもらったり女の子に抱きつかれたりといろいろいい夢見させてもらったぜ。(ただしなぜかTakiと呼ばれてました。可能な範囲でTakaだと修正しましたが。)
3次元もいけるロリコンこと愉快で気さくな子供好き達はこういう仕事やボランティアに参加するといいのではないでしょうか。
理由はどうあれ子供にはおそらくプラスになるでしょう。ただしこういうところに行って子供を買う屑は含みません。ルールを守って楽しいロリコン。
とりあえず僕が将来ユニセフの親善大使やそういうボランティア関係の非営利団体に属したとき、自伝にこのことを書いて「この経験が僕を今の職業に就かせました。」と書くつもりです。
こぼれ話
当初剣玉やヨーヨーなどがすべて帰ってくるとは思っておらず、2、3個減ってもいいかなというスタンスだったそうですが、予想に反しなんと完全返却。ちなみに子供に貸したペンもきちんと返却されました。
スラムだからとか教育を受けてないとかそういうものが子供を曲げるわけではないのでしょう。彼らの見方が変わりました。
私の名前は現地の人に言わせると非常に長いらしく「ニックネームは無いのか?」と良く聞かれていたので現在は「Taka」と名乗っています。
もちろん学校でもたかと呼ばれています。
散髪に行った
・・・まぁ日本にいたころと同じような髪型になりましたが(説明も写真も同じものを見せたので)、なぜか襟足がほとんど刈り上げになりました。ついでにものっすごいがたがたヘアーに。注文をつけるべきだったような気がしますが、これ以上なんかいじられると取り返しの付かない何かが起きそうだったので口をつぐみました。
ついでになぜか頭部にバーズテイル(notゲーム)が。さすがヘアアーティスト。頭に鳥の尻尾とは。
もう二度と行くことは無いでしょう。
さらに明日朝からなぜか子供達と日本のジャパニーズトレンディショナルオールドゲームをプレイすることに。ボランティア活動だそうで。俺子供苦手なのに。
とりあえず剣玉ということで二日ほど前に剣玉を渡されましたがいったいこれをどうすれば上手くなるのでしょうか。
大体10分もやってると腕がつらくなってきます。Lynxを外でやるよりも難易度高いですこれ。まず大きな皿に何とか載せることができるようになりましたがそれでも数回に一度。
下の一番小さな皿に載せることも出来ましたが二度は出来ないようです。もちろん他のところは全く出来ません。剣で串刺しも反対側の中くらいの皿も。
誰か出来れば剣玉のやり方と子供との接し方を教えてください。マジでやばいです。明日の朝起きるって時点で自分には高難易度です。
剣玉は玉を垂直に持ち上げるようにするといいかも
腕を使わないでひざを使うみたいな
子供が苦手なのは同類嫌悪みたいな感じかもNE!
適度に相手に合わせていけばいいんじゃね
俺があまり記憶する努力をしないことが1時間ちょっとの会話の中でばれたのかと思った。
剣玉はひざね。がんばってみるよ。
って子供を同属嫌悪ってどういう意味だチクショー!!
クラスで日本と中国の歴史問題の縮図を見た
私のクラスには3人の若い中国人がいる。今日はなぜか南京大虐殺の話題が授業で出てきた。何故日本が業を背負うことになったのか。30万人を一夜にして殺し、奪いつくし犯しつくしたというどう贔屓目に見ても日本軍の強さを誇張しすぎな出来事が起きたとされているのか。
答えは簡単だった。「より多くの人がそう信じているから。」前述の通り私のクラスには3人の中国人がいる。日本人は私一人だ。子供をほうり投げ、銃剣で串刺し、剣で人を殺しまくるなどで一夜にして南京は地獄に変わったと彼らは本当に信じているのだ。
この状況でいったい自分に何が出来ただろうか。私に出来たのは沈痛な面持ちでそれらの主張を聞くことしか出来なかった。どう考えても数の上で不利だ。さらに3人のうちの2人は女の子で声が大きい。良くしゃべる。ものすごい勢いで日本軍の残虐のほどを訴えていた。先生もフィリピン系の人なので日本軍の恐ろしさを祖父母から聞いていたようだ。ただしフィリピンでは多数の中国人兵士として派兵されたので中国人のほうが嫌われているらしいが。
クラスを見渡すと他はタイ人の女の子(13歳)しかいない。ベトナムから来た男性は今日は休みだ。この状況を打破するには自助努力しかない。
そして私は今出来る精一杯の抵抗をした。
「日本軍が残虐だったかどうかは私には分からない。だが、私のおじいちゃんは私にとてもよくしてくれた。私はおじいちゃんが大好きだ。少なくとも私には彼だけはそんなことをしたとは考えられない。」
その後の授業で「中国人は何でも食う。"スペシャルレストラン"で"スペシャルメニュー"として美容に良いと考えられている人間の赤ちゃんのスープをだす。」という話で韓国人たちと盛り上がったのは俺と君達とクラスメイトだけの秘密だ。




